

ながつま 昭 (長妻 昭)
なぜ、国会議員になったのか
私は、大学卒業後、NECに入社して汎用コンピュータの営業マンを5年間した後、 日経BP社に途中入社して、「日経ビジネス」という雑誌の記者を4年間しておりました。 記者時代、「不良債権問題、日本経済の時限爆弾」という特集記事のため、 官僚や政治家を取材しました。 そこでの衝撃が、私が政治家になったきかっけです。当時はバブル経済が崩壊して、 銀行の不良債権問題が騒がれていました。 しかし、官僚や政治家は深刻な問題とは理解せず、手をこまねいて傷口を広げてしまいました。 その後、失われた20年ともいわれる景気低迷を招いてしまいました。 もはや官僚や既存政治家には任せておけない、自分が政治の世界に入って世直しをしよう! これが、私の政治家としての原点です。経歴
誕生
小学校
練馬区立開進第二小学校
自転車が大好き:友達と自転車で遠くまでサイクリング 動物や魚が大好き:休みの度に石神井公園で魚・ザリガニ取り 科学やSF小説が大好き:友達と科学教室に通う中学校
練馬区立開進第二中学校
映画とビートルズが大好きになる高等学校
東京都立練馬高校
学校のイベント企画や豊島園のアルバイトに楽しみを見出す ハンドボール部・バトミントン部所属大学
慶応大学法学部法律学科
音楽クラブ(リアル・マッコイズ)でバンド活動 新田ゼミで民法を猛勉強 リクルートでの長期アルバイトは貴重な経験NEC時代
日経ビジネス記者時代
日経BP社入社
日経ビジネス記者(最初は電機メーカー担当、後半は金融、官僚機構、政治担当に) 不良債権問題、官僚、「敗軍の将、兵を語る」などの取材を通じて世の中の仕組みの一端を知る。知らないことばかりで驚きの連続 取材を通じ、政治への思いが募る平成維新の会
平成維新の会(大前研一主宰)事務局
日本を大きく変えねばという使命感に突き動かされた 大前研一氏の都知事選を手伝う 当時、交流した、志ある人たちの多くが議員となり活躍している政治への道
1996年10月 衆議院選挙に立候補(東京10 区:「新党さきがけ」から「民主党」公認となる)
※選挙の直前に日経ビジネスの先輩記者からいただいた激励の手紙は今も大切にしている(下記末尾参照) 落選 予想を超える多くの仲間がボランティアとして手伝ってくれた 感謝しかない 地盤・看板・鞄の無い中での選挙の厳しさを痛感する その後、ほぼ4年間の苦しい浪人時代
生まれて初めての集会(200人以上が集まってくれた)
中央で話しているのが本人
2012年 衆議院厚生労働委員長 就任
2018年10月 立憲民主党代表代行 兼 選対委員長 就任
2020年10月 立憲民主党副代表
2021年11月 立憲民主党新型コロナ対策本部長
2022年8・9月 立憲民主党政務調査会長、「次の内閣」ネクスト内閣官房長官
2024年9月 立憲民主党代表代行
2025年9月 立憲民主党社会保障改革総合調査会長、立憲民主党つながる本部長代理(本部長は野田佳彦代表)
(※)初出馬の際、先輩記者からいただいた激励の手紙
長妻らしい選挙をすべきだと思います。傲慢になれ、と言うのではなく、卑屈になるな、と言いたいのです。
政治家として世直しをするのが目的の候補者には、政治家になることが目的の候補者とは違うスタイルがあって然るべきです。
選挙に落ちればただの人、が現実かも知れませんが、現実に妥協を重ねて行けば、現実に絡め取られて、何のために、があやふやになります。
日本の現実は変わっていなくても、変えようとする人間の矜持を忘れずに、他候補との“違い”を堂々と出していくべきでしょう。そうすることで、活路が開けるはずだし、そうでないなら、長妻代議士誕生の意味はありません。悔いのない、自分の選挙を貫いてください。
| 役職 | 立憲民主党代表代行 |
|---|---|
| 趣味 | 読書、カラオケ、妻と散歩 |
| 著書 | 「招かれざる大臣」(朝日新書) 「消えた年金」を追って(リヨン社) 「闘う政治」(講談社)他 |
| 愛読書 | 「夜と霧」 「徳川家康」 「三国志」 |
| 好物 | 麺類、納豆、マーボ豆腐、葛餅 |
| 座右の銘 | 「一日一生」 「至誠通天」 「而今」 |
オススメの一冊:『夜と霧』
| 著者 | ヴィクトール・E・フランクル(池田香代子訳) |
|---|---|
| 出版元 | みすず書房 |
| 出版年 | 2002年 |
ながつま昭










